エピソード

1%の情熱ものがたり、本編のインタビューを掲載していきます。

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Vol.241: 山本章弘(ミュージシャン / プロダクションマネージャー)1/4

なんとなくひと昔前は、仕事はコレって分かりやすく決まってた気がするけど、今はいろんな仕事や活動をマルチにできる環境になったんだなぁ、なんてふと思いながらこれを書いてる板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」61人目のインタビュー、最初のエピソード。 ミュージシャンであり、テレビ等のプロダクションマネージャー、そして一児の父親。ジャズの本場、ニューヨークで確実に忙しい日々のはずなのに、いつも悠々と落ち着いた雰囲気を持っているアキくん。二つの仕事を両立してるからこそ見えるもの、気づけること。止まらない創作意欲とモチベーション、その生き様は素直にかっこいいなって思います。いつか彼の創る「名曲」が世界に飛び出し、たくさんの人の心を揺さぶる日を楽しみにしています。 Blue Note New Yorkでの演奏、僕もいつか生で見に行ってみたい!朝夕は娘さんの送迎、昼はきっちり仕事をこなし、夜な夜な音楽家としての活動をするライフスタイルのお話。インタビュー後のクールなBGMも是非、聞いてみてくださいね〜。
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Vol.240: 青池奈津子(俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリスト)4/4

The Show Must Go On なのだ!なんだかんだと忙しく仕事に追われてもポッドキャストの配信もしっかりやらねばと情熱と冷静の間でこれを書いてる板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」60人目のインタビュー、最終エピソード。 俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリストと多様な顔を持ち、エンターテイメントの街ロサンゼルスで活躍している奈津子さん。職種は違っていてもそこに底通するものとしてあるのが「ストーリーを伝える」ということ。確かに!と納得させられると共に、やっぱりストーリーこそが人に感動や勇気を与えるんだなぁって思いました。そしてそれに携わる方は間違いなくエネルギッシュなのです。 自分を知ること、好きになること。それが自分を大切にすることになり、幸せに繋がっていく。みんながそんな風に自然に思えて行動できたら素敵な世界が広がるんだろうなって思いました。「ハッピーなおばあちゃん」になっていくまでの奈津子さんの活躍を楽しみにしたいと思います。
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Vol.239: 青池奈津子(俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリスト)3/4

どよーんとしてた空もすっかり晴れて気持ちいい天気が戻ってきたロサンゼルス。早く海に入って自然を感じたくてたまらない金曜日の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、60人目のインタビュー。 俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリストと多様な顔を持ち、エンターテイメントの街ロサンゼルスで活躍している奈津子さん。職種は違っていてもそこに底通するものとしてあるのが「ストーリーを伝える」ということ。確かに!と納得させられると共に、やっぱりストーリーこそが人に感動や勇気を与えるんだなぁって思いました。そしてそれに携わる方は間違いなくエネルギッシュなのです。 ステージに立てばスイッチが入る。そんな感覚、誰しもが仕事に真剣に取り組む時、緊張する場面などで感じたことがあるかも知れませんね。俳優、アナウンサー、ジャーナリストとしての多様な視点とお話が混ざり合っていて学びの多いエピソード。
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Vol.238: 青池奈津子(俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリスト)2/4

突然の来訪であまり時間取れなかったけど久々に会った友達と人生いろいろあるよなぁ、なんつって話することでそれぞれの歩みを感じる。なんとなくレッチリが聴きたくなっている板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、60人目のインタビュー。 俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリストと多様な顔を持ち、エンターテイメントの街ロサンゼルスで活躍している奈津子さん。職種は違っていてもそこに底通するものとしてあるのが「ストーリーを伝える」ということ。確かに!と納得させられると共に、やっぱりストーリーこそが人に感動や勇気を与えるんだなぁって思いました。そしてそれに携わる方は間違いなくエネルギッシュなのです! ガキ大将だったという幼少期、キャリアウーマンに憧れた少女時代、小学生の時のアメリカ移住体験。紆余曲折ありつつも中部日本放送でのアナウンサーとなり、MLBキャスターとしてニューヨークへ!その後、俳優をアメリカでやろうと決意しロサンゼルスへ。なんとも盛りだくさんでエネルギッシュなエピソード。
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Vol.237: 青池奈津子(俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリスト)1/4

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」を「あけおめことよろ」に省略できる日本語文化の面白さと言葉の柔軟性に感心しながらこれを書いてる板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」60人目のインタビュー、最初のエピソード。 俳優、フリーアナウンサー、スポーツジャーナリストと多様な顔を持ち、エンターテイメントの街ロサンゼルスで活躍している奈津子さん。職種は違っていてもそこに底通するものとしてあるのが「ストーリーを伝える」ということ。確かに!と納得させられると共に、やっぱりストーリーこそが人に感動や勇気を与えるんだなぁって思いました。そしてそれに携わる方は間違いなくエネルギッシュなのです! まずは奈津子さんの現在の活動ぶりをざっくりと伺っています。大谷翔平選手の他、メジャーリーガーのインタビューやレポーターとしてのお仕事。さらっとお話されましたが改めて聞くと、めちゃめちゃ重要なポジションですよね!それをしながら俳優業もこなすという多才ぶりにびっくりです。
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Vol.236: 宮田諦全(高野山米国別院LA 第七代主監)4/4

家の前の高校もすっかり冬休み。いつもは賑やかな朝夕の通学ラッシュ時も静かなものです。冬は空気が澄んでいて空が綺麗なんですが、実は海の水も透き通ってて冷たいけど気持ちいいんだよなぁってニヤついてる板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」59人目のインタビュー、最終エピソード。 1959年、終戦14年後の日本から、27歳で僧侶として船に乗り渡米を果たした諦全さん。今から60年以上も前に降り立った地、アメリカに何を感じたんでしょうか。91歳となられても尚、元気にご活躍中。断片的に語っていただけるエピソードから分かる時代背景の違いや過酷さを想うと、現代の恵まれた環境に心から感謝したくなります。いつの時代にも、なるべくたくさんの人の中に「心の平穏」がありますように。少しでも多く後世に届けたい大切なものがたり。 諦全さんが餞別にと贈られた掛け軸のエピソード、とても想いが込められた贈り物だったはず。亡くなった家族や親族、友人知人のことをなるべくイメージして顔を思い浮かべながらお経や祈りを捧げることが大切なんですね。子供の頃一緒に暮らした祖父や祖母を思い出しながら、改めてありがたい気持ちになりました。
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Vol.235: 宮田諦全(高野山米国別院LA 第七代主監)3/4

今年も残すところあと二週間。2022年の手帳(アナログ)を振り返り、毎日の予定やタスク、殴り書きのメモを見て今年も走りっぱなしだったな、よく頑張ったねって自分を労いたい板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、59人目のインタビュー。 1959年、終戦14年後の日本から、27歳で僧侶として船に乗り渡米を果たした諦全さん。今から60年以上も前に降り立った地、アメリカに何を感じたんでしょうか。91歳となられても尚、元気にご活躍中。断片的に語っていただけるエピソードから分かる時代背景の違いや過酷さを想うと、現代の恵まれた環境に心から感謝したくなります。いつの時代にも、なるべくたくさんの人の中に「心の平穏」がありますように。少しでも多く後世に届けたい大切なものがたり。 お経を100万回唱えるという苦行(2万回を50日間)、対峙するのは虚空蔵菩薩のみ。そして感じた「宇宙の命を感得する」という感覚。22歳でそれをやり遂げた精神力や体力、気力。僧侶とは、その境地を知る人だけができる尊いお仕事なんだなぁと改めてありがたい気持ちになりました。
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Vol.234: 宮田諦全(高野山米国別院LA 第七代主監)2/4

この数週間、寝不足や仕事が手についてない人も多いことでしょう。盛り上がる FIFA World Cup 2022。こういう世界的なイベントって本当にいろんな意味や角度で世界を揺るがしているんだなぁって改めて思う板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」59人目のインタビュー、最初のエピソード。 1959年、終戦14年後の日本から、27歳で僧侶として船に乗り渡米を果たした諦全さん。今から60年以上も前に降り立った地、アメリカに何を感じたんでしょうか。91歳となられても尚、元気にご活躍中。断片的に語っていただけるエピソードから分かる時代背景の違いや過酷さを想うと、現代の恵まれた環境に心から感謝したくなります。いつの時代にも、なるべくたくさんの人の中に「心の平穏」がありますように。少しでも多く後世に届けたい大切なものがたり。 開教師として渡米。13日間の船旅を終えて降り立ったアメリカ・サンペドロ港。初めて口にするコカコーラの味は、きっと特別なものだったんでしょう。「大衆と共に自分がある」「相互関係と因縁」「一期一会」、大切にしたいお言葉をたくさん頂きました。
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Vol.233: 宮田諦全(高野山米国別院LA 第七代主監)1/4

日本ワールドカップ決勝T進出!で盛り上がってますね。現地で見ていたサポーターにとっても一生涯忘れられない感動の瞬間だったことでしょう。音楽のライブやフェスでも、そんな風に感動してる観客を見て更に感動しちゃう板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」59人目のインタビュー、最初のエピソード。 1959年、終戦14年後の日本から、27歳で僧侶として船に乗り渡米を果たした諦全さん。今から60年以上も前に降り立った地、アメリカに何を感じたんでしょうか。91歳となられても尚、元気にご活躍中。断片的に語っていただけるエピソードから分かる時代背景の違いや過酷さを想うと、現代の恵まれた環境に心から感謝したくなります。いつの時代にも、なるべくたくさんの人の中に「心の平穏」がありますように。少しでも多く後世に届けたい大切なものがたり。 まずはロサンゼルスにある高野山米国別院というお寺、主監としてのお仕事のこと。そして、お寺のご子息としてお生まれになった諦全さんが、僧侶としてアメリカに旅立つまでのお話を伺いました。91歳とは思えない元気なお声と記憶力にびっくりです。
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